年々ダンサー人口が増えているという泉大津市。100人規模のボランティアを組織し、泉大津市で20年以上「まちおこし」に関わる藤原勝美さんに話を伺いました。
ダンスを通して泉大津に笑顔と元気を届ける
2024年11月、泉大津市駅前のアルザアトリウムで「ダンスサミット2024」が開催され、ダンサーや観客など合わせて3000人ほどが集まった。
泉大津市は3歳から91歳までがダンスをする「ダンスのまち」として、年々、ダンサーの人口が増えている。「ダンスサミット2024」は、まさに泉大津のダンスムーブメントの勢いが形となったイベントとなった。
イベント中、本部で様子を見守っていたのは、ダンスイベントなどを主催する泉大津マルシェ実行委員長の藤原勝美さん。泉大津のダンスブームの火付け役だ。
「ダンスで街が盛り上がって、ダンスで人に来てもらって盛り上がってもらうのが好きなんです。ダンスという目標に向かって一生懸命に頑張れば、刺激にもなるし健康にもなると思います」(藤原さん)
フェスが泉大津を知ってもらうきっかけになる
藤原さんは、20年以上も前からフェス(祭り)で地域を盛り上げようとボランティアで活動している。
まちおこしに目覚めたのは21年前で、市が所有していた2ヘクタールほどの荒地(現在のシーパスパーク)を活用しようと、市民3000人と共に「ひまわり大作戦」を実行し、8万本のひまわり畑と公園を作り上げた。
当時は、テレビや新聞の取材が来るなど話題となった。
印象的だったのは、ボランティアで参加していた高齢の夫婦だった。
奥さんから
「夫は毎日病院に行くことが日課になっていたが、ひまわり畑に来るようになって、目の色の輝きが変わりました」
と感謝された。
藤原さんは、「人って目標があれば元気になる」と感じ、同時にイベントが市民を元気にすることができると気付いた。
この活動をきっかけに、野外フェス会場の泉大津フェニックスでの夏フェスのボランティア活動に関わることになり、100人規模のボランティアを組織し、20年継続して活動を行っている。
藤原さんは、「フェスが泉大津の認知を広げる」と話す。
「泉大津のプロモーション上、フェスは宝物だと思っています。イベント主催者と一緒になって盛り上げることで、テレビやラジオなどのメディアを通じて、泉大津というキーワードを全国に広げることに貢献できます」
泉大津のダンス文化の始まりと発展
普段は自身が社長を務める会社で働き、土日はフェスのボランティア活動などで忙しい毎日を送っていた藤原さん。
ダンスに関わることになったのは、2015年のイルミネーションイベントだった。
点灯式の相談が来た際に、藤原さんは、点灯式だけでは客は来ないと思い、ダンスイベントを同時に開催することを思いついたという。
「以前、マハラジャというディスコで働いていたんです。それが関係するのかわかりませんが、ダンスイベントをやろうと思いました。ダンスチームの先生に声をかけて出演者を集めてもらいました」
イルミネーションのダンスイベントの出演者は150人ほど。それでも、親や友達もかけつけて大盛況だったという。
終了後、藤原さんはダンスの先生に「こんな場を提供してくれてありがたい。」と感謝された。
そこでダンスチームなどが抱えている課題も見えてきた。
「みんなダンスの練習はするけど発表の場がないんです。地域のお祭りはあるので、そこで客を集めるために一緒にダンスイベントを開催することにしました。いろいろなチームに声を掛けたら、みんな喜んで集まってくれました」
こうして生まれたのが「ダンスサミット」だ。
2016年の第一回目のダンスサミットで登壇したダンサーは300人だった。その後、泉大津市内でダンスイベントが活発に行われるようになり、ダンス人口が増加している。
参加者の年齢層も幅広く、高齢者のダンスチームもあり、3歳から91歳がダンスをする街になった。
また、市外からもダンスのオファーが来るようにもなり、泉大津のダンス文化が注目を集めている。
「泉大津に来ると一年中音楽が流れているとか、一年中盛り上がっている街にしたいです。また、ダンスを通じて笑顔と元気、そして健康を提供できる街づくりを目指しています」
藤原さんはダンス文化をさらに発展させるために泉大津ダンスアソシエーション(IDA)を去年立ち上げた。
来年の大阪・関西万博では会場内のステージで泉大津市民のダンスを披露し、泉大津の名前を世界に広げることも計画しているという。
「ダンスのまち」の仕掛人・藤原さんのボランティア精神と積極的なまちおこし活動は、今後もダンスで泉大津を元気にしてくれることだろう。
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