大阪の最南端に位置する岬町は、美しい海岸線と豊かな自然が魅力の街。
この わずか人口1万3000人ほどの小さな街に、人々の心を魅了してやまない「珈琲専門店」があります。
“コンビニ珈琲100円”の時代に、地域の人はなぜ「珈琲専門店」に通うのでしょうか。
珈琲で地域を繋ぐ「ひろしげ珈琲倶楽部」の魅力に迫ります。
11時開店。鳴り止まない水色の引き戸
「ひろしげ珈琲倶楽部」の開店時刻は11時。
開店と同時に、水色の引き戸がガラガラと音を響かせます。
「こんにちは。来たで~」
「あ、来てくれたんや~。ありがとう」
人懐っこい笑顔でお客さんを迎えるのは、“ひろ兄”こと店主の辻 浩重(つじ ひろしげ)さん。
「最近、肩が痛いんやけど、どっか良い整骨院しらん?」(お客さん)
「あ~、それやったらあっこがええんちゃう~?」(ひろ兄)
珈琲とは関係のない話で盛り上がっています。
そして、「ちょっとすんません」と言いながら、ひょいひょいと手刀を切って奥の厨房へ。
美しく並べられたドリッパーの前に立ち、心を制するように呼吸を整えます。
先程とは真逆の真剣な表情。まるで別人のようです。
30秒蒸らして1分で淹れるのが“ひろしげ流”。
中央でお湯を小さく回転させながら注いでいきます。まわりの粉が崩れないようにやさしく、ゆっくり、丁寧に。この時、粉全体がふんわりと膨張したら、それは珈琲豆が新鮮な証(あかし)。お湯を注ぐスピードが速すぎると薄い珈琲になってしまうため、複数人に提供する際は、均一の味になるよう全神経を集中させてスピードをコントロールします。
そして、珈琲を淹れ終わるとそそくさと客席へ向かい、冗談を交えながら親しみやすい笑顔でオーダーをとります。その間も水色の引き戸の音は鳴り止みません。
「ひろしげ珈琲俱楽部」は、自家焙煎珈琲豆の販売とくつろぎの空間を提供する「珈琲専門店」。
ひろしげさんは、こう言います。
「珈琲豆なんてどこにでもあるのに、うちに来てくれる。それが、うれしいじゃないですか」
このお店の魅力は、どうやら珈琲だけではなさそうです。
入店して10分。「静と動」の顔を巧みに操るバリスタに、心をわしづかみにされました。
「ひろしげ珈琲俱楽部」のはじまり
専門学校を卒業後、精神科クリニックでケースワーカーとして働いていたひろしげさんは、39歳の時、占い師に「水商売が向いている」と言われ 珈琲の世界へ。自らを「超単純な男」だと言い、「成功します」という占い師の言葉を素直に信じたと話します。
当時、缶コーヒーを飲む程度で珈琲の知識は皆無だったひろしげさんは、自家焙煎店に通いつめながら、通信教育講座で理論を学ぶなど、研鑽を重ねた末、難関とされるコーヒーマイスター資格を取得。当初はカフェを立ち上げても珈琲豆は外部から調達するつもりでしたが、珈琲の探求が進むにつれ自家焙煎に目覚め、自宅の台所で手網焙煎に励む日々を送ります。その香りに誘われた隣人たちの「分けてちょうだい」という言葉が、バリスタ人生のはじまりでした。2011年に祖父母宅だった築80年の古民家にて「ひろしげ珈琲倶楽部」を開店。
それから14年、一日中来客が途絶えない人気店へと成長を遂げます。
音楽を聴くように 映画を観るように
ひろしげさんは、元バンドマンでもあり、音楽にも精通しています。
「ひろしげ珈琲倶楽部」の敷地内には音楽スタジオもあり、講師としてもご活躍中です。
「珈琲は、音楽を聴くように、映画を観るように、感性で楽しんでほしい」
そんな ひろしげさんの想いは届いているようで、ここを訪れる人たちは、穏やかにそれぞれの時間を楽しんでいます。
“カラーセラピー”を学んでいたひろしげさんが提供する「オリジナルブレンド」は、五色の彩りで表現されています。
たとえば、黄色は「元気」、緑は「さわやか」、白は「純白」、桃は「やさしい」、青は「清々しい」、赤は「情熱」のイメージ。
誰にでも受け入れられやすいのは、 中煎りの「白のブレンド」。女性に好まれるのは、酸味の少ない「桃のブレンド」など、それぞれの色が奏でるハーモニーが、五感に響き、心に深く刻まれます。
そして、これらの「オリジナルブレンド」と「ストレート銘柄(国別)」の珈琲は、飲み放題700円(税込)。好きなコーヒーカップと豆を選び、セルフマシーンで挽きたての珈琲を何杯でも楽しむことができます。
珈琲豆が高騰中の今も、変わらずこの価格で提供を続けています。
見えないこだわり
小さな工房では、珈琲豆を現地で買い付けることは困難なため、同店では、信頼できる業者さんに相談し、その時々で生豆の選定をおこなっています。どんなにグレードの高い豆でも数パーセントの欠点豆(カビ、虫食い、割れ欠け、異物等)が含まれており、最近では、現地チェックもおこなわれているそうですが、ひろしげさんは、さらに「ハンドピック」で一粒一粒「欠点豆」を取り除く作業をおこなっています。
焙煎室で、緑の袋いっぱいに詰め込まれた「欠点豆」を見せていただきました。
欠けている豆や虫に食われている豆、黒ずんだカビ豆など、これがふだん口にしている珈琲に含まれているとしたら、たしかに気持ち悪いです。
「僕自身、『こんな気持ち悪いもんが入ってたんか』とショックでした。正直、取り除いても、あと味がすっきりするとか微妙な違いやと思う。目減りもするし、アホなことかもしれんけど、僕のお客さんには、こんな豆が入った珈琲を飲んでほしくない。やらないで後悔するより、やって後悔のないようにしたい」
そして、さらに焙煎後にもう一度ハンドピックで焦げた豆や割れ欠けのある豆を取り除きます。これらの作業は、地域の障がい者施設に通う方々にもご支援をいただいており、その方たちのことを「僕と一緒にがんばってくれている大切な仲間たち」と、ひろしげさんは語ります。
この見えない部分への情熱が「ひろしげさんの珈琲は美味しい」「ひろしげさんは信頼できる」という評判を確立し、気取らない人柄も相まって多くの人々を惹きつけています。
あるお客さんは、こう言います。
「たとえ、スーパーの珈琲が安くても、わたしはひろしげさんから買う」
「ひろしげ珈琲倶楽部」に魅了される、地域の人たちが大勢います。
現在、店舗での営業のほか、40を超える泉州地域のお店や事務所へ、珈琲豆の配達もおこなっています。
*1000円以上のご注文で、配送料無料で個人宅への配達も可 *貝塚まで
「珈琲専門店」の楽しみ方。“自分ブレンド”をつくる
「珈琲専門店」ならではの楽しみ方があります。それは、自分だけの“オリジナルブレンド”をつくること。
「わたしは、こんな人です!」とひろしげさんに伝えて、“自分ブレンド”をオーダーしてみました。ブレンド名は「旅する日々ブレンド」。かなり無茶ぶりと思いつつ、ひろ兄に委ねます。
【わたしのイメージ】*この内容を紙に書いて渡しました。
趣味は読書とフィルム写真。
昔は犬派。今はネコ派。
好きな色は白。
珈琲は基本ブラックで、1日に6杯以上飲む。
毎日の晩酌も欠かせない。
酸味が苦手。
最近、胃腸が弱い。
コクと苦味はほしいけど、何杯も飲むのでまろやかさ、軽やかさもほしい。
たまの休日、珈琲を水筒に入れて、公園などでパンと一緒に楽しみたい。
「旅する日々」に寄り添ってくれる珈琲希望。
バリスタの闘志が燃えるのでしょうか? こんなオーダーは大歓迎だと喜んでくださいました。しばらく考え込み、ハッと閃いたように3種類の豆をブレンドしていきます。
ブラジルベース(中煎り)にエクアドルオーガニック(浅煎り)とコロンビア(中煎り)をブレンド。「コクと苦味がほしい」と伝えているのに、なぜ「深煎り」が入らないのかが疑問です。
この珈琲は、わたしそのもの。どんな香りを放ち、どんな後味を残すのか、とても楽しみです。
「旅する日々ブレンド」/200g 1400円(税込) が完成しました!
*オリジナルブレンドは、100g 700円(税込)からオーダー可能
「イメージにあわせてカップを選びました」と美しいブルーのコーヒーカップで登場。
ひと口飲んで、その清らかな小川のような味わいに感動しました。苦味とコクがほしいと伝えたものの、胃腸が弱いわたしは、何杯も珈琲を飲むとお腹をこわします。ひろしげさんは、その苦味とコクを嗅覚でサポートできるように表現しました。
すっきりしているのに香り高く、酸味は強くないのにさわやか。まさに、旅する日々に寄り添うブレンドです。深煎りが入らなかった理由がわかり唸りました。
「オリジナルブレンド」は、贈り物にも喜ばれると思います。今回のオーダーのようにお相手の方が「どんな人」なのか伝えてみてください。まるで映画の主人公を思い描くようにブレンドしてくれますよ。
珈琲を介して地域を繋ぐ
店の窓にはペタペタと地域広告が貼られ、地域のお店や作家さんの商品も多数販売している同店。
シンプルに「なぜ、こんな状態に?」と尋ねると、「少しでも誰かのお役に立てればいいなぁと思って。『なんの店やねん!』って突っ込まれるけど(笑) 」という答えが返ってきました。
ひろしげさんが愛される理由が、おじいちゃんから受継いだ古民家にあふれています。
「特に地域貢献とかは意識してないけど、気づいたら地域の人の憩いの場のようになってて。たまたま居合わせた人同士が仲良くなってたり、意気投合して情報交換してたり。古民家の雰囲気が、お客さん同士の距離を近づけてるんかな?」
人と人との間に垣根をつくらないのが“ひろしげ流”。その周りに集まる人たちも、広告も、商品も、珈琲までもが自然とそんなふうで、お店全体に温かい空気が流れています。
“コンビニ珈琲100円”の時代に、地域の人たちが「ひろしげ珈琲俱楽部」に通う理由。
それは、ここに来れば ひろ兄と冗談を言い合えて、美味しい珈琲をこの空間ごと味わえるから。そして、地域の繋がりを感じられるから。
「ひろしげ珈琲俱楽部」は地域の人に支えられ、地域の人は、ここで飲む一杯の珈琲に支えられています。そんな素敵なつながりが見えた取材でした。
街の「珈琲専門店」は、嗜好品という枠を超えた珈琲の楽しみ方を教えてくれます。
音楽を聴くように、映画を観るように、珈琲を感性で楽しんでみませんか?
【基本情報】
店名:「ひろしげ珈琲倶楽部」
公式ホームページ(外部リンク)
公式インスタグラム(外部リンク)
住所:大阪府泉南郡岬町淡輪1478-1(Googleマップ参照)
Tel:072-486-4500
営業時間:11:00~18:00(喫茶コーナーは17:00まで)
定休日:火曜
*火曜が祝日の際は、翌水曜日が休業となります。
駐車場:あり
取材協力 「ひろしげ珈琲倶楽部」店主 辻 浩重 様
*記事内容は取材当時のものです。
*駐車場は、お店から南へ徒歩1分ほどのところ(左手/右側手前3台分)にあります(旧田中医院手前)。満車の場合は店主にお声がけください。
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