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【堺市】心も体も元気な暮らしサポート 高齢者やひきこもりの当事者に寄り添う高井逸史さん(産経新聞)

 ウオークイベントや体操指導、スマートフォンやLINEの使い方講座…。大阪経済大人間科学部教授の高井逸史さん(58)は、高齢者が地域で自立した生活を送れる「健康寿命」を延ばす活動に長年たずさわる。その過程で、ひきこもり経験のある若者と出会ったことをきっかけに一昨年、当事者や家族、支援者、専門家らが集う「ひきこもり学会」を設立。高井さん自身も予想しなかったかたちで活動の幅が広がるが、通底するのは「誰もが自分らしく安心して暮らせる社会」を目指す思いだ。

教壇に立つ前は、理学療法士として大阪府岸和田市の病院に勤めていた。「親父(おやじ)が交通事故で足が不自由になり、リハビリの専門職があることを知った。自分も障害のある人の社会復帰や日常生活を支援したいと思った」と振り返る。

高齢者の転倒事故の多さが気になった。物を取ろうとした拍子に、立ち上がろうとした際に、バランスを崩して転倒し、骨折してしまう。「何か原因があるのか?」。働きながら大阪市立大(現・大阪公立大)大学院に通って安全工学を学び、そこで得た知見を現場で生かした。

高齢者の自宅に出向いて転倒しやすい箇所を点検すると、積み上げた荷物で足元が暗くなったり、暖房器具のコードが無造作に伸びていたりと、「バリアだらけのこけやすい環境」。高齢者や家族と話し合いながら、転倒予防策を取った。

理学療法士は医師の指示に基づいて訓練などを行うのが原則だが、高井さんはそれに加えて「安全確保や再発防止のために予防の視点が大事だと考えた」。実践の効果は大きく、もっと住環境などの暮らしに目を向ける理学療法士を養成したいと、堺市内の専門学校の教員になった。

その堺市にある泉北ニュータウンで平成23年から、高齢者の健康づくりに関わる。昭和42年のまちびらきから半世紀以上がたち、住民も齢(よわい)を重ねた。市によると、泉北ニュータウンの高齢化率は今年8月末現在で37・6%に達する。

高井さんは健康相談や体操指導のほか、ポールを持って地面をつきながら歩くノルディックウオーキングの講座を始めた。丘陵地を切り開いて開発しただけに坂道が多く、「外出がおっくう」という高齢者は少なくないが、地形を逆に生かした全身運動は「膝の痛みがやわらいだ」「姿勢がよくなる」と好評で、ふだんの生活に取り入れている高齢者もいるという。

平成28年に大阪経済大に移ってからも泉北ニュータウンとの関わりは続き、大学周辺でも学生とともに出向いて高齢者の健康づくりや生きがいづくりに取り組む。「高齢者との交流は学生の学びの場にもなる」と笑顔で語る。

だが、予期せぬ試練に襲われた。新型コロナウイルス禍。体操講座などは開けなくなり、外出控えや対人コミュニケーションの減少が、高齢者の心身のフレイル(虚弱)につながると懸念された。社会のデジタル化が急速に進み、オンラインで遠隔地の家族や友人とつながるにも、スマホを使えない高齢者は多い。

「フレイルを予防し、デジタル格差を解消しなければ」。学生たちが講師となって高齢者にスマホやLINEの使い方を教えたり、地域住民の中に指導役を養成したりする講座を開いた。目の前にある課題に向き合う姿勢は、理学療法士として働いていた頃から変わらない。

偶然の出会いをきっかけに、高井さんの活動は専門分野外にも広がった。

泉北ニュータウンでのウオークイベントを手伝ってくれる若者を探す中で、ひきこもりの当事者らと知り合い、そのなかに中学生の頃から8年半ひきこもった経験のある、当時20代の男性がいた。

それまでの高井さんは、ひきこもりの人に対して「怠けている。何を甘えているんだと思っていた」。だが、まったく逆だった。当事者は責任感が強すぎて自分を追い込み、生きる価値がないと自己否定する。親も社会通念や規範意識に縛られて自分を責め、立ち直らせようと焦る。それがまた当事者を苦しめる-。

「当事者だからこそ理解し、支援できることがある。安心できる居場所が必要」という男性を代表に、令和元年、自助グループが発足。メンバーは、高井さんの高齢者向けの活動にも参加し、協力した。「誰かのために役に立っていると感じられる経験は、自信や自己肯定感につながる」と高井さんは言う。

コロナ禍の3年2月には、ひきこもり経験者がオンラインで相談を受け付ける活動をスタート。4年9月に、ひきこもり学会を設立した。現在の会員数は29人。研究者中心の学術学会ではなく、現場での実践を学び合う交流の場であり、高井さんは「良き理解者」の立場だという。

「就労などの社会復帰をゴールに設定するのは価値観の押しつけで、当事者や家族がよりしんどくなるだけ。生きづらさを抱える人たちを支える仕組みをつくり、ひきこもっていても元気で安心して暮らせる社会を目指したい」

産経新聞

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