南海電鉄を中心に名所の最寄り駅を巡った「堺市編」も今回が最終回。締めは何を…と考えていたら、意外な人からリクエストがあった。筆者がプロ野球の阪神担当だったころから親しくしている元南海、阪神のエースだった江本孟紀(たけのり)さん(77)だ。「堺、南海とくれば中百舌鳥(なかもず)球場やろう。南海ホークスを忘れんといてくれ」というのである。難波の大阪球場には何度も行ったが、中百舌鳥球場には…。さっそく訪ねてみることに。
総合運動場
いまはもう「中百舌鳥球場」はない。昭和63年に南海がダイエーとなって福岡へ去り、球場も平成13年に閉鎖された。南海高野線白鷺駅西側の跡地に記念パネルがあるだけで、マンションが建っている。
歴史を振り返ってみよう。昭和10年に開業50周年を迎えた南海電鉄(当時は南海鉄道)は、その記念事業として高野線中百舌鳥駅(当時はまだ白鷺駅はできていなかった)の南東の約18万平方メートルの土地に、野球場をはじめテニスコートや陸上競技場、サッカーやラグビーの球技場、ゴルフ練習場などを配置した「総合運動場」の建設を計画し、12年に着工した。
だが「時代」が立ちはだかった。戦時色が強くなり「鉄材」の使用が制限されて5千人収容のスタンドもスコアボードも木製となってしまったのである。
それでも両翼90メートル、中堅120メートルの「中百舌鳥球場」は14年8月11日に完成した。落成式より一足早く、7月28日から3日間「記念野球興行」が開催された。南海をはじめ、巨人、タイガース、阪急など7球団が1日3試合を行い、大勢のプロ野球ファンが訪れた。ちなみに入場料は1円20銭、80銭、40銭の3種類で軍人は無料。
わずか33試合
南海の本拠地として華々しく開場した中百舌鳥球場だったが、甲子園球場や西宮球場のように何万人も収容できるスタンドもなく銀傘もない。相手球団や連盟からも「不便」と苦情が出た。南海も試合は主に甲子園や西宮を使ったため、大阪球場ができるまで中百舌鳥球場での公式戦開催はわずか33試合。53年発行の「南海ホークス40年史」にはこう書かれている。
「興行的にみれば中百舌鳥球場の果たした役割はそれほど大きくないが、この球場を持つことが、戦後の南海を大きく飛躍させるのに役立った。20年代後半に南海に訪れた第1期黄金時代の主力選手のほとんどが、この球場で鶴岡一人監督に鍛えられている」
中百舌鳥球場は南海ホークスの修練の場。そして大きな、立派な球場を持ちたい―という球団をはじめとする南海電鉄の熱い思いが、25年の大阪球場完成につながったのである。(田所龍一)
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エースと名将、運命の出会い
江本さんの話をしよう。江本さん(エモさん)は昭和46年2月、東映フライヤーズにドラフト外で入団した。前年のドラフト会議で2位指名した井上圭一投手(三菱自動車川崎―ロッテ―阪神)が入団を拒否したため、「代替選手」として熊谷組のエモさんに白羽の矢が立ったのだ。
契約金400万円、年俸120万円(推定)、背番号「49」。開幕1軍メンバーに入ったが、26試合に登板し、0勝4敗。するとその年のオフに南海へのトレード通告を受けた。
「アカンから放り出されたんやない。土橋正幸投手コーチには期待されとった。《プロの投手》としての基礎を作ってもらったのは土橋さん。《勝てる投手》に育ててくれたのは野村(克也)監督やね」
46年12月にエモさんは堺市にある南海ホークス選手寮「秀鷹寮」に入った。そして翌47年1月に中百舌鳥球場で選手を兼任していた野村監督と「運命の出会い」を果たすのである。自主トレーニング初日、監督室に呼ばれたエモさんは野村監督からこう言われた。
「ワシはずっとお前のことを見てきたんや。お前のボールなら、ワシが受けたら軽く10勝はいくで。10勝したらエースと呼ばれる。ほれ、お前のユニホームや。背番号16、エース番号や」
ノムさんから直接、ユニホームを渡された。この言葉にエモさんは「身体に電気が走った」。だが、エモさんによるとこの話には「前振りがある」という。自主トレ初日のこの日、若手選手や新入団選手たちは中百舌鳥球場の入り口に整列し、野村監督の到着を待った。
そこへ黄緑色のアメ車、リンカーンコンチネンタルが横付けされた。ドアが開き、降りてきたのが野村監督だ。そして開口一番。「お前らも、こんな車に乗りたかったら、せいぜい頑張るこっちゃ」
エモさんはあっけにとられた、というより「なんちゅうオッサンや!」とビックリした。それからすぐに監督室に呼ばれたという。
――監督室で他に何か言われたことは?
「そやなぁ、『サインはグー、チョキ、パーや』って言うてたな。なんのこっちゃ分からんかったわ」。こうして、南海・江本孟紀の中百舌鳥生活は始まった。このシーズン、背番号と同じ16勝を挙げ、野村監督の「予言」の通り、主力投手となった。
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