「堺」の偉人―とくれば、まず茶人、千利休の名前が挙がる。戦国時代、織田信長や豊臣秀吉の茶頭として《侘(わ)び茶》を大成し「天下一の茶人」として君臨した。だが、1591(天正19)年2月28日、秀吉の怒りを買って切腹。70歳で命を絶った。なぜ、秀吉は切腹を命じたのだろう。なぜ、利休は命乞いをしなかったのか―。そんなことを考えながら、利休ゆかりの地をふらっと歩いてみた。
名前の由来
利休ゆかりの場所として観光ボランティアさんにまず紹介されたのが「さかい利晶(りしょう)の杜(もり)」。大阪・天王寺からチンチン電車(阪堺電車)に揺られること35分。21駅目の「宿院」で下車して徒歩1分。千利休と与謝野晶子をテーマにしたミュージアムで、2人の名前の一字ずつを取って「利晶の杜」。平成27年3月にオープンした。
1階の「茶の湯館」では茶道具の展示のほか、利休と堺をめぐる人々について利休の音声案内があり、利休役を堺市出身の歌舞伎俳優、片岡愛之助さんが務めている。
必見は「さかい待庵(たいあん)」。同杜の運営管理副責任者、広畑智巳さんによれば、京都の妙喜庵にある国宝「待庵」は、山崎の合戦に勝利した秀吉のために利休が建てた唯一現存する茶室。「その創建当初の姿を復元したのが『さかい待庵』です」という。
黒い土壁。明かりは障子の小窓ひとつ。誰もが首を垂れ、腰をかがめて入らなければならない狭いにじり口。なんとか体を入れて顔を上げると目の前に床の間。筆者が訪ねたときは«老古錐(ろうこすい)»の掛け軸がかかっていた。
「この言葉は利休の心―といわれています」と広畑さん。利休の本名は「与四郎」。法名は「宗易」。「利休」は1585年、秀吉が関白就任の御礼として禁裏茶会を主催した際、無位の町人である宗易では参内できないため、正親町(おおぎまち)天皇から「利休」の居士号をたまわったもの。利休63歳のときだから「利休」の時代はわずか7年しかない。
「利休」の由来には2つの説あり、ひとつが《名利、既に休す》。もうひとつは《利心、休せよ》。才能に溺れずに「老古錐」(使い古しの先の丸くなった錐(きり))の境地を目指せ―という意味だ。
切腹の理由
そんな利休がなぜ、秀吉から切腹を命じられたのだろう。いくつもの理由が挙げられている。
①秀吉の「唐入り」(朝鮮出兵)に反対したから
②京都・大徳寺の山門に利休像を置いたから
③利休の娘を差し出せ―と言う秀吉の命令を拒否したから
④茶道具の目利きや売買で不正をはたらいたから
⑤秀吉が欲しがった「橋立の壺」を渡さなかったから
⑥奉行衆(石田三成、前田玄以、増田長盛ら)の目の上のたんこぶだったから
⑦秀吉と美意識が違ったから
⑧各大名と《茶の湯》を通じて交わり、力をつけた利休への猜疑心(さいぎしん)から―などなど。
どれもが正解のように思えるが、単体ではどこか物足りない。もっとも有力とされている説が②の「大徳寺説」である。
資金が尽きて未完成になっていた大徳寺の山門を、利休がその上に「金毛閣」を建てて完成した。大徳寺側が感謝の気持ちを込めて雪駄(せった)を履きつえを持った等身大の利休像を置いた。このことで秀吉の怒りを買った―といわれている。
「勅使(天皇の使い)が通る山門に自分の像を置くとはなにごとか。不敬である!」というのだ。もちろん大徳寺側も「秀長様(秀吉の弟)に了解をとっている」と弁明したが、これを《好機》にして利休を追い落とそうとしていた奉行たちが画策。利休切腹へと追い込んでいった。
1591年、山門から引きずり降ろされた木像は、一条戻り橋のたもとで磔(はりつけ)にされ、その3日後、利休は聚楽(じゅらく)屋敷内で切腹。首はその木像に踏みつけられてさらされたという。
謎はどう描かれたか
「千利休」の一生を描いた映画作品は数多くある。その中でも代表的なのが別表の3作品だ。とくに平成元年に1カ月違いで公開された「利休」(松竹)と「千利休 本覚坊遺文」(東宝)は、両映画会社の威信をかけた《競作》として話題を呼んだ。
なぜ、利休は秀吉に命乞いをしなかったのか―を、この3作はどう描いているのだろう。
◆「利休」では「謝罪も生きるための方便ではありませんか」と泣いて訴える妻、りき(宗恩=三田佳子)に利休(三国連太郎)がこう答えている。
「一度頭を下げてしまえば、次からはずっと地にはいつくばって生きねばならない。私はそんな生き方はできない」
◆「千利休 本覚坊遺文」では、茶室で秀吉(芦田伸介)と切腹を命じられた利休(三船敏郎)が対面。「死ななくてもいい」という秀吉の恩情を利休は断り、死ぬことによって自分が求めた「侘び茶」を大成させようとする姿が描かれている。
◆「利休にたずねよ」(東映)では、利休(市川海老蔵)に「私がぬかずくものは美しいものだけです」と語らせ、「死」への恐怖より美への「情熱」の深さを描いている。(田所龍一)
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