大阪府住宅供給公社は3月30日、同社が運営する住文化発信サイト「住まいが紡ぐ物語」を更新し、1970年代から約30年間にわたり泉北ニュータウン(堺市南区)に存在した若年労働者向け住宅「ヤングタウン」の特集記事を公開しました。
高度経済成長期を支えた1万人規模の「若者の街」
ヤングタウンは1972年、泉北ニュータウン三原台に誕生しました。当時は高度経済成長期に伴う深刻な住宅不足の中にあり、大阪へ集まった若年労働者の自立と成長を支援するため、国・府・民間が連携して整備した大規模な職住近接プロジェクトでした。
計画入居人数は約1万人にのぼり、公社はその一角を担う2,000室の賃貸住宅「三原台単身者住宅」を供給。泉ヶ丘駅から都心まで約30分という好立地や、月額1万円を切る低廉な家賃設定は、社会に出たばかりの若者にとって貴重な生活基盤となりました。
「親代わり」が常駐する独自のペアレント制度
ヤングタウンの最大の特徴は、各棟に「ペアレント」と呼ばれる住み込みの指導員が配置されていた点です。
親元を離れて暮らす入居者のため、病気時の看病や生活相談、ときには厳しく指導する役割も担うペアレントは、文字通り「親代わり」として若者たちの精神的な支えとなりました。この制度が、単なる集合住宅を「暮らしのコミュニティ」へと昇華させ、入居者に強い安心感を与えていたといいます。
クラブ活動やイベントを通じた深い交流
共同生活を彩る施設も充実しており、敷地内には大浴場、食堂、体育館、テニスコートが完備されていました。
これらを拠点に、最盛期には約60ものクラブ活動が展開され、入居者自身による自主的な運営が行われました。運動会や盆踊り大会などの年間イベントも盛んで、ここで育まれた絆から結婚に至るカップルや、退去後も数十年間にわたり交流を続ける友人が多く誕生しました。
今回公開された特集サイトでは、当時のパンフレットや写真、元入居者へのインタビューを交え、日本の成長期を支えた若者たちがどのようなコミュニティを築いていたのか、その全容を詳しく紹介しています。
関連リンク 特集サイト「住まいが紡ぐ物語~大阪府住宅供給公社 過去・現在・未来」 https://www.osaka-kousha.or.jp/jyubunka/








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