高島屋堺店(堺市)が、2026年1月7日で61年の歴史に幕を下ろす。店内の特設会場に設けられたメッセージボードには、「食堂のお子様ランチ、祖父母との思い出です」といった言葉をはじめ、来店者それぞれの記憶や感謝の思いが数多く書き込まれていた。
高島屋堺店が開店したのは、東京五輪が開催された昭和39年。南海・堺東駅に直結する百貨店として、堺のまちの中心的存在だった。堺で生まれ育った筆者にとっても、「百貨店」といえば堺店であり、屋上の観覧車に乗ることが幼い頃の楽しみの一つだった。
特設会場には、開店初日の写真も展示されている。人々が押し合いへし合いするほどのにぎわいからは、高度経済成長期の勢いと、百貨店が当時の暮らしの象徴であったことがうかがえる。
昭和の時代、鉄道沿線には多くの遊園地も存在した。大阪のさやま遊園、奈良のあやめ池遊園地など、休日に家族で出かける場所が身近にあった。しかし、平成に入るとそれらは次々と姿を消していった。
令和8年は、昭和に換算すれば101年にあたる。昭和の輝きは色あせたのだろうか。そう問いかけたくなる一方で、堺店の特設会場では、親子で並んでメッセージを書く姿も多く見られた。世代を超えて思い出が受け継がれていることが、そこにはあった。
高島屋堺店は閉店するが、地域の百貨店が果たしてきた役割や、人々の記憶までが消えるわけではない。長年にわたり地元に寄り添い、愛されてきた存在であったことは、寄せられた言葉の一つ一つが物語っている。



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