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【堺市】ソフトバンクとKDDI、AIデータセンターを地方に分散へ(日本経済新聞)

多くの来場者でにぎわう大阪・関西万博の会場、夢洲(ゆめしま)。そこから直線距離にして7.5キロメートルという目と鼻の先の工場地帯が、国内有数のAIデータセンター(DC)集積地へと転生する。通信業界のライバルであるソフトバンクKDDIが、DCを構築するためにシャープの堺工場(堺市)の一部をそれぞれ取得したからだ。

「堺工場は非常に広大。日本の新たな産業集積地のモデルケースにしていきたい」。ソフトバンクグループの国内通信子会社であるソフトバンクの宮川潤一社長は、こう力を込める。

同社が約1000億円を投じて取得したのは、堺工場における液晶パネル工場やインフラ設備、約45万平方メートルもの土地と建物だ。2026年中に電力容量150メガワット(MW)規模のDCとして稼働を開始し、最終的には250MWもの規模に拡大する。

「当社が目指しているのはAIを最も上手に使いこなし、次世代の社会インフラになることだ」。宮川社長は続ける。

ソフトバンクは携帯電話や通信回線を提供する通信事業者という枠を超え、企業変革を支援するAIカンパニーに変わるべく、自社の大改造に着手する。シャープ堺工場に建設するDCは、そんなソフトバンクの中心的な役割を担う。

ライバルのKDDIも25年4月、シャープ堺工場の一部を取得する売買契約を締結した。取得したのは、液晶パネル用のカラーフィルターを生産していた同工場の土地と建物だ。

「日本発のAIが集積する地にしていきたい」。KDDIの松田浩路社長も堺工場についてこう語る。

ソフトバンク関係者によると、KDDIも同工場の取得に動いていることは寝耳に水だったという。「メディアに出た情報で初めて知ることも多かった」(ソフトバンク関係者)。

ライバル同士が背中合わせに大規模DCを構築することになった堺工場。4月、記者はその堺工場に足を運んだ。

シャープが約4300億円を投資して09年に完成させた堺工場は、かつて液晶パネルの最先端工場だった。だが中国勢などとの競争によって採算性が悪化し、24年8月に工場として生産を停止した。現在は、広大な土地の一部をシャープの本社機能として利用するにとどまっている。

記者が訪れた堺工場は、平日昼だったにもかかわらず、行き交う人はほとんど見られず、ひっそりと静まり返っていた。広大な車寄せには、2台のタクシーが暇そうに乗車待ちをしていた。周辺の物流関連のオフィスには「テナント募集」の大きなポスターが張られていた。

そんな堺工場は今後、AIの学習や推論用の膨大な数のGPU(画像処理半導体)が稼働する日本有数の拠点となる。そして外資ハイパースケーラー(大規模クラウド事業者)がリードしてきたデジタルインフラにおいて、純国産の計算基盤が集結する象徴的な土地になる。

「デジタル赤字」解消につながる国産計算基盤

国内のDC市場は、生成AIやクラウドサービスの需要が後押しし、空前の活況を迎えている。国内DC市場の売上高は、28年に5兆円規模まで拡大することが予想されている。

市場をけん引するのは、米グーグルや米アマゾン・ドット・コム、米マイクロソフトといった外資ハイパースケーラーだ。世界の有力プレーヤーが日本への投資に力を入れることは、利用者の利便性向上にもつながる。その一方で、AIやクラウドのデジタルインフラを外資に押さえられることで、いわゆる「デジタル赤字」の拡大という副作用ももたらす。24年は外資クラウドサービスの利用などの「デジタル赤字」が6兆円超まで膨らんだ。

ソフトバンクやKDDIといった国内大手通信事業者が大規模DC構築に動いたことは、デジタル赤字拡大に苦しむ日本を救う一助になる。国内に国産計算基盤が用意されることで、海外のITサービスへの支払いを抑えられるからだ。

「自社のノウハウを海外の計算基盤で学習させたくない企業も出てきている。企業が使いやすい国産計算基盤を用意した」。ソフトバンクの宮川社長は打ち明ける。

同社の計画は堺工場にとどまらない。25年4月には堺工場以上の敷地面積70万平方メートル、最大電力容量300MW超を目指す大規模なDC建設を、北海道苫小牧市で始めた。ソフトバンクは同規模の大規模DCを、少なくとも全国にあと2カ所、構築する計画だ。

「同じ規模のDCでも探しているが、それだけの広い土地と十分な電力供給、通信環境がそろうところはなかなかない。3年ほど探し続けている」。ソフトバンク デジタルインフラ開発本部の伴忠章データセンター開発統括部統括部長は打ち明ける。

ソフトバンクは、「通信事業者の責務として、地方においても都市部と同じAI環境をつくる」(宮川社長)というビジョンの下、同社は「次世代社会インフラ」と呼ぶ、超分散型DCインフラの構築を進める。

大量の計算資源が必要なAIの「学習」プロセスなどは、堺や苫小牧など全国数カ所の大規模DCを活用する。学習によって構築したAIモデルに基づいて企業が予測などの「推論」を行う場合は、全国の産業集積地に分散配置した、より小規模な地域DCを使う。用途に応じて最適なデータ処理場所を選べるようにしていくのが、次世代社会インフラの基本コンセプトだ。

基地局とAIの融合「AI-RAN」

こうした分散型DCの究極の姿としてソフトバンクは、米エヌビディアなどと共同で、携帯電話の基地局とAI基盤の融合である「AI-RAN」の開発も進めている。

基地局は、機器の役割をソフトウエアに置き換える「仮想化」が進む。専用機器ではなく、GPUを使った汎用サーバー上でも動作できるようになってきた。それなら、GPUで基地局を動かし、余った計算資源をAI処理にも使おうというのがAI-RANのアプローチだ。

ソフトバンクは24年2月末に、スペインで開催されたモバイル業界最大のイベント「MWCバルセロナ2024」において、エヌビディアなどとこのコンセプトを発表。業界団体「AI-RANアライアンス」を設立。そこからわずか9カ月後の24年11月、AI-RANのコンセプトを具現化したプロダクト「AITRAS」をソフトバンク自身が開発し、慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)内で実証してみせた。

AI-RANの利点は、利用者から数キロメートルという近い場所に設置されていることが多い基地局でAI処理することで、遅延の影響を受けることなく処理結果を応答できる点だ。

例えば慶応SFCでソフトバンクが実施したデモでは、犬型ロボットに搭載したカメラの映像を基地局の計算資源に伝送。基地局側で不審者かどうかを判別し、その結果をロボット側に瞬時に伝送することで不審者を正確に追跡できる様子を見せた。計算資源が利用者から遠い場合は通信の伝送遅延が発生し、不審者を十分に追跡できなかった。

ソフトバンクの宮川社長は慶応SFCの発表会にもサプライズで足を運び、「AI-RANを日本で実装し、輸出モデルにしたい」と力を込めた。AI-RANを輸出モデルにできれば、デジタル赤字の解消にもつながる。

KDDIもソフトバンクと同様に、AIの超分散モデルの実装を目指している。

「ローソンにGPUを置いたら面白いことができるだろう。ローソンを中心に自動運転やドローンを飛ばすこともできるかもしれない。30年くらいにあの場所が生きてくる可能性がある」。25年4月に社長を退任したKDDIの髙橋誠会長は、こう打ち明ける。

KDDIは24年8月、約5000億円を投じてコンビニ大手ローソンへTOB(株式公開買い付け)を実施し、持ち分法適用会社として傘下に収めた。全国に約1万5000店あるローソンの店舗を「ミニDC」として活用できれば、利用者のそばでAI処理ができ、新たな付加価値を生み出せる可能性がある。

通信事業者によるAI、そしてDCの地方分散のアプローチは、インターネット接続事業者同士の回線をつなぐインターネット・エクスチェンジ(IX)や海底ケーブルの陸揚げ地付近へのDC展開が多い外資ハイパースケーラーとは、全く異なる様相を見せる。

ソフトバンクの浅沼邦光・テクノロジーユニット統括次世代社会インフラ推進室長は、「我々は人やデータが集まる地域にDCを建てる外資ハイパースケーラーとは発想が違う。AI時代は通信だけでなくDCやGPUが全国に必要になると考えており、地方を含めて利用者へ平等にインフラを提供する」と力を込める。

もっとも、AIやDCの地方分散モデルが、本当にAI時代の主流になるかは、このインフラ上で革新的な価値を持つサービスを生み出せるかにかかっている。さもなければAI-RANなどは、GPUを使った高価な基地局にとどまるリスクもある。インフラ構築後も見据え、いかに産業の起爆剤になれるかが問われている。

日本経済新聞

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