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【堺市】泉ヶ丘駅周辺には1500年以上前にも人が住んでいた! 泉北ニュータウンに残る古代の窯跡(BRAVO MOUNTAIN)

■人口減少傾向にあるニュータウン

 中百舌鳥駅と深井駅を過ぎると、次は泉ヶ丘駅。この駅から泉北ニュータウンの最寄り駅となる。ちなみニュータウンは、泉ヶ丘・栂(とが)・光明池(こうみょういけ)の3地区と16住区で構成されている。

 大阪都心部から約1時間というアクセスのよさと、緑豊かな環境が人気を呼んだ泉北ニュータウンは、1990年に人口が16万3823人を突破。しかし1992年をピークに減少に転じ、2022年には約11万5000人となる。その状況は、泉ヶ丘駅からもうかがえる。

 泉ヶ丘駅の乗降人員は泉北高速鉄道線単独の駅として最大で、駅を行きかう人の数は多い。しかし構内の商業施設は必ずしもにぎわっているとはいえず、とくに北側にあるショップタウン泉ヶ丘3番街は、空きテナントも多く閑散としている印象を受ける。

 とはいえ、改札から少し離れたショッピングセンター「パンジョ」は、高島屋泉北店が入居していることもあってか客数は多い。この違いは、店舗そのものの魅力の差といえるかもしれない。

■UFOのようなフォルムのビッグバン

 泉ヶ丘駅の線路とホームは地上にあるが、改札は2階に位置する。ここから主だった施設や建物には、高架橋などをわたって行くことになる。

 駅の南側にあるのが堺市立ビッグバン。2021年まで漫画家の松本零士が名誉館長を務めた大型児童館だ。

 開館は1999年。もともとは「大型児童館ビッグバン」という大阪府立の施設だったが、2021年に堺市に移管されリニューアルされている。

 「子どもも大人も楽しめる遊びの空間」をテーマに、4つのフロアーでは多彩なスペースを展開。本館は宇宙船をイメージしたもので、松本零士のイメージデザインをモチーフにしている。

 メタリック調のフォルムは、巨大で未来的。遠くからながめると、緑の丘陵を背にして降り立ったUFOさながらといった様相である。

■古代には1000基以上もあった土器の窯 

 このように泉ヶ丘駅界隈は、ニュータウンとしてつくられた歴史の浅い街だ。人が住みはじめたのも、まちびらきを終えた1967年以降――と思いきや、そう一筋縄ではいかないのが泉北高速沿線のおもしろいところ。

 駅から徒歩約10分のところに大蓮公園があり、ここには2016年まで堺市立泉北すえむら資料館(元大阪府立泉北考古資料館)が設けられていた。これは公園の周辺に広がる須恵器という土器の窯跡から出土した遺物を収蔵展示していた施設だ。

 窯跡は陶邑(すえむら)窯跡群と呼ばれ、堺市、和泉市、岸和田市、大阪狭山市の丘陵地帯に位置し、1000基以上の窯がつくられていたとされる。つまり泉ヶ丘駅近辺は、古墳時代から平安時代初期にかけて須恵器の一大生産地だったのだ。

 当然、陶工たちが泉ヶ丘には住んでいた。しかし、燃料となる木材を消費し尽くしたため7世紀には衰退し始め、9世紀の後半には廃絶してしまう。

 現在、資料館の資料の一部は堺市博物館で保管され、大蓮公園内には窯跡が復元されている。

 ただし、木々とフェンスに囲まれてポツンとしたようすは、まるで忘れ去れたかのような寂しさを禁じ得ない。

つづく

BRAVO MOUNTAIN

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