都市ウォーカーの原点、まち歩きを綴る。今回は田尻町。大阪府内の南部に位置するこの町は他都市と比べて知名度こそ劣るものの、様々な点で興味深い「まち」の一つだ。
■大阪府下における「若年女性減少率」の上位自治体
本コラムで何度か取り上げている、今年発表された『地方自治体「持続可能性」分析レポート』。様々な分析が試みられているが、そこでのポイントの一つは「若年女性人口」にある。若年とは20~39歳を指し、この「20~39歳の女性人口」が減少し続ける限り、出生数は低下しつづけ、総人口の減少も進んでいく。よって、その年層の女性人口が増えるか、減り方を抑制できれば歯止めがかかるという考え方だ。
人口減少時代の中、各都市にとって「若年女性減少率」は「まち」の将来を占う重要な目安となる。
これを踏まえ、2020年から50年の30年間での若年女性人口の減少率について、大阪府下の各自治体の状況をみていこう。以下はその減少率の上位10傑である。
(資料1:若年女性人口減少率の上位順)
1位:箕面市・・・-14.0%
2位:豊中市・・・-14.3%
3位:吹田市・・・-15.9%
4位:茨木市・・・-16.8%
5位:田尻町・・・-17.0%
6位:池田市・・・-17.2%
7位:高槻市・・・-19.2%
8位:島本町・・・-19.3%
9位:摂津市・・・-22.9%
10位:大阪市・・・-26.0%
減少率上位の10自治体はその大部分が北摂エリアである。ただ、一つだけ大阪府下南部エリアの自治体が含まれている。それが5位の田尻町だ。
■田尻町
田尻町は人口8493人(大阪府住民基本台帳:2024年1月1日)、面積は5.62平方㌖(田尻町HP)。なお、関西国際空港が開港する前の06年には日本で最も小さい自治体であった歴史がある。ちなみに町域の約6割が同空港の面積である。
その空港島のエリアを除く町域の特性は生活面での移動が便利だという。自転車で町内一周が約30分。役場から主要公共施設(駅、こども園、小中学校、ふれあいセンターなど)まで徒歩10分以内というサイズである。なお、鉄道駅は南海本線「吉見ノ里」駅のみ。商業施設などが充実している隣接する泉佐野市のりんくう駅エリアまでも徒歩移動が可能だ。
■各種指標でみる田尻町
そんなコンパクトなこの町の特徴を数値でみてみよう。
- 合計特殊出生率
近年話題に上がることの多い合計特殊出生率。「15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの」で、一人の女性がその年齢別出生率で一生の間に生むとしたときの子どもの数に相当する。
厚生労働省が令和6年4月に発表した「平成30年~令和4年 人口動態保健所・市区町村別統計の概況 (人口動態統計特殊報告)」で田尻町は1.52。これは大阪府の自治体の中で最も高い水準だ(なお、大阪市、堺市は区単位でなく、市単位としている)。
- 子育てしやすいまち
これに関する民間の調査結果として、リクルートが発表している「SUUMO住民実感調査2022関西版」がある。その中で、子育てしやすいまちが以下だ(数値は偏差値)。
1位:兵庫県明石市・・・94.59
2位:大阪府田尻町・・・84.42
3位:大阪府箕面市・・・76.77
4位:和歌山県印南町・・73.20
5位:滋賀県多賀町・・・72.00
近畿2府4県で最も高いのが兵庫県明石市。数々の子育て支援策を打ち出し、全国的に有名になった自治体である。これに次ぐのが田尻町。大阪北摂エリアにて子育て支援で有名な箕面市を超える位置づけであることから、その子育てしやすさは相当なものだろう。
- 財政力指数
財政力指数とは地方公共団体の財政力を示す指数で、基準財政収入額を基準財政需要額で除して得た数値の過去3年間の平均値のこと。財政力指数が高いほど、普通交付税算定上の留保財源が大きいことになる。要するに、これが大きいほど財源に余裕があることを表す。
田尻町はこの数値が大阪府下の自治体で群を抜いて高い。
(資料:財政力指数(大阪府))
1位:田尻町・・・1.30
2位:茨木市・・・0.97
3位:吹田市・・・0.96
4位:摂津市・・・0.95
5位:大阪市・・・0.92
6位:泉佐野市・・0.90
7位:箕面市・・・0.90
8位:豊中市・・・0.87
9位:池田市・・・0.82
10位:高石市・・・0.79
これには関西国際空港が寄与していることは言うまでもない。ただし、ほぼ同じポジションを有する泉佐野市と比べてもさらに上位に位置していることは特筆すべき点ではないだろうか。
以上のように、極めて小さい自治体であるにもかかわらず、出生数の多さ、子育てしやすさ、そしてそれを賄う財源などが整っている稀有な自治体だと感じられる。
■子育てに関する声や実状、そしてその背景
少し古い調査だが、田尻町が実施した「第2期田尻町子ども・子育て支援事業計画」内に住民アンケートがある。その中で、「田尻町の子育ての環境や支援への総合満足度」については、「高い」と「やや高い」を合わせたものが57.4%。一方、「低い」と「やや低い」を合わせたものは13.7%となっている。満足度については概ね評価されているようだ。なお、現在、最新のアンケートをまとめている最中で今年度末頃には発表予定とのことである。
子育て関連部署へのヒアリングでは、担当部署の職員のほか、実務に携わっている保健師にも話を聞いた。
「医療費助成事業」や「給食費助成事業」、三世代での新生活をスタートさせる人等を対象とした「転入・定住促進助成事業」などを以前より実施しているほか、町として特徴的なのは、分娩前からの手厚いサポートだ。町内で誕生する年間50~60人の新生児につき、数名の職員が担当制でサポートを実施している。この制度は、分娩前から新生児の期間のみならず、その後の小・中学校に至る長期間を対象としている。原則として担当者は受け持ちを継続するため、その間、母親は安心して相談することができる。不安なことが多い新米ママにはありがたい制度だろう。これを新生児の全員に対して継続実施している自治体は珍しく、小さいまちだからこそ為せることだという。
ただ、同時に、町の住民には常時広報しているものの、このような子育てサポートの実態と子育てしやすさについて対外的に大がかりなPRはしてこなかったという。昨今、他の自治体に先んじて積極的にという風潮が目立つ中、そうしない背景はなぜなのだろうか。
その理由の一つが幼稚園や小学校などのキャパシティーは既に定員に近いこと。さらなる子どもの増加には対応困難ではないかという懸念の声が表す実状である。そもそも、今後の住宅ニーズに対する供給余地はこの限られた町内エリアでは見出しにくい。現状、充たされているこの制度が何らかの綻びを生じる可能性もある。その点では、今の状況をいかに継続していくかが重要なのかもしれないとも思えた。
あわせて、規模や数を追い求めるのではなく、内容や質の向上に重点を置き、それを持続していく町のスタンスに納得した。
■おわりに
今回、大都市や著名なまちと比べてやや目立たない自治体を紹介した。ただ踏み込んでみると様々な事実や魅力があることを発見した。
大都市とは趣きの異なる、コンパクトで充たされた「まち」。実際、自らの足で歩いてみて感じたそのまとまり。わずかな時間で町内を歩いて回ることができる「まち」はそうはない。
田尻町史編纂委員会が編集した『田尻町史民 民俗編』にこんな一文がある。
「依然として小規模な自治体であるがゆえに、行政と町民との距離が近く、行政と各種団体が密に連携して事業を推進することができる町といえよう」
今回、大阪府下で知名度のそれほど高くない「まち」に訪問し、その実状に触れてみて気づかせられたことが多くあった。
小さなまちでも持続可能であるという理想形の一つなのかもしれない。
■おまけ
田尻町にて、名所というと「田尻歴史館」だ。
この建物は、日本綿業倶楽部の初代会長で「綿の国から生まれた綿の王」と称された、谷口房蔵の別邸。田尻の発展のシンボルである紡績工場を見晴らしていた場所に佇む洋館は、往時の姿で佇んでいる。
その田尻歴史館の1階にある「リサイア・コーダ」というカフェにて休憩した。
そこは和洋折衷様式の大正ロマンなカフェレストランとある。
煌びやかに彩られたステンドグラスに囲まれながら、心落ち着くひとときを過ごすことができた。
平日昼間であったが、いくつかのグループがランチ、喫茶を楽しんでいた。
大阪府指定有形文化財に登録されたこの歴史的建造物は、手入れが行き届いている様を感じさせる。築100年の年輪、そんな赴きのある空間がここにはある。そして、この「まち」での先人たちの遺産が今も息づいているように感じた。
かつての「絹の王」がこの地にどんな魅力を感じたのか、直に聞いてみたい。そんな気にさせられた。
この記事へのトラックバックはありません。